※現パロ
※猫



次こそは断固拒否する。
すこぶる不快な感覚に、毎度そう唸っては強く念じている筈だった。ところが、どうだ。いざ始まれば爪のひとつ動かすことさえままならず、四肢は襲い来る水流に呆然と飲み込まれてしまう。自らに降りかかるこの現象を、睡骨は未だ理解できずいた。
「じっとしてろよー」
威勢良く散った泡が鼻先を掠め、睡骨は顔を顰めた。鏡の中から睨み返してくる黒い生き物は、相変わらず毛の一本、ひげの一本までずぶ濡れのまま、無様な前肢を晒している。しかし同じく鏡の向こうで己を抱える男はそれらを全く意に介さず、無防備にさせられた首を、背を、腹周りを、無造作に擦り上げ泥を落としていく。
視界の隅で、いくつかの薄い膜の球が宙を漂っていた。その内の一つは退路のない鼻先にゆらりと止まって、音もなく弾ける。
今日は夕方、いわゆるゲリラ豪雨とやらに遭遇したのが運の尽きだった。不可解なことに、こんな時、どれだけ身を潜めようと、遠くへ逃れようとも、蛮骨は揺れる三つ編みと共に必ずこちらを見つけ出す。一度捕まったが最後、どこに連行されるのかは、こうして身をもって教え込まれてきた訳である。
「……」
むず痒い感覚が頂点に達した睡骨は、苛立ちと共にくしゃみをした。
「風邪か?おまえも」
蛮骨は先ほどからどうでも良いようなことを一方的に喋りながら、睡骨の身体(尻の穴までだ!)をお世辞にも丁寧とは言いがたい手つきでわしゃわしゃとこすっている。それがやっと終わったかと思えばまた為す術もなくあの水流に晒され、睡骨は放心と共にぐったりと座り込んだ。濡れる結果は同じでも、雨の方がよっぽどマシというものである。こんな行為は二度と御免だ。次こそは抵抗してみせる。そう考えている内にタオルで揉みくちゃにされ、ようやく風呂場という地獄から解放された。

「爪が大分伸びたんじゃないか」
ブオオ、と唸る風をあてられること数分、ようやく不快感から抜け出しつつある睡骨の耳に、またしても不穏な会話が飛び込んでくる。
この部屋のもう一人の住人。何故だか蛮骨とは別の意味で、やることなすことがどうにも癪に触る人間だった。だから食事を差し出されても無視してやったり、壁紙を爪の餌食にしてやったり、暴れてあちこち痛めつけてやったりもしたのに、何故だか間の抜けた笑顔を浮かべるばかりで、微塵も懲りる気配がない。
「ん?そういやそうだな」

───くそ。余計な口出ししやがって。

案の定、すっかりその気になったらしい蛮骨は、よっしゃ、と無邪気にも映る眼差しをこちらに向け、爪切りを翳した。こうなれば、もう観念するしかない。
渋々差し出した前足の先でパチン、と軽快な音が響く。その拷問のような行為を息を詰めて見つめていると、不意に顎の下をくすぐられ、睡骨はうみゃ…と鳴いた。
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