何がってよぉ、人を喰うんだ、そいつは。
それはもう、この世のものとは思えぬおっそろしい形相で、両の眼をかっぴらいてな。
お前さんみたいなのは、その爪で簡単に引き裂かれちまうのさ。
だから、こんな暮れに山奥へいっちゃならんのよ。
な、わかったか?



……そんなことを、どうして今思い出すのだろう。

伸びた影の先で、彼は森の深くに視線を遣っている。何か潜んでいるのかと茂みに目を凝らしても、薄闇に吸い込まれるばかりで判然としなかった。

「──蛮骨」

遅くなってすまない、とその背に呼びかけると、彼は肩越しにこちらを振り返る。
瞳の中で、沈みかけの夕日がじわりと滲んで見えた。
それから何事もなかったように立ち上がって歩き出す三つ編みを、睡骨は追う。黒ずんだままの指先を、握りしめた。これはどれだけ洗い流しても消えない。消せない。夜が覆い隠すまでは。

『だから、こんな暮れに山奥へいっちゃならんのよ』

ここにも、鬼が二人いるのだ。
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