再会




うっすらと瞼を開ける。
すると、ピンと立った睫毛が見えた。次いで、癖の強い前髪。
覆い被さってくるそれらにこそばゆさを感じていると、いつのまにか、仄かな体温が重ね合わされている。やんわりと押し当てられた唇は、昨晩とは違って、それ以上何を求めてくるでもない。微睡みの中ゆっくりと繰り返されるキスは、無性に心地良かった。
睡骨は笑みを浮かべそうになるのを堪え、再び瞼を閉じた。もうしばらくこのままでいても構わないだろうかと―そんな、怠惰な気持ちで満たされそうになりながら。
……あ、しまった。殴ってでも起こしてくれと頼んだばかりだった。
不意に昨夜の会話を思いだし、睡骨は慌てて両目を開いた。まあ、冷静に考えれば寝たふりなんてしたところで、蛮骨が誤魔化される筈はないのだが。その証拠に、目の前の顔はどちらかと言えば上機嫌そのものだった。
「―おはよう」
照れ臭さと共に抱きしめると、蛮骨は「ん」と頷いて鼻先を触れ合わせる。髪をゆるく梳いて寝癖を取ってやれば、こちらの頭にも両手が伸びてわしゃわしゃと撫でつけられた。二人分の体温で満ちた空気を胸いっぱいに吸い込み、睡骨は息をつく。
―このマンションに帰って来てから三日目、ようやくいつもの朝を迎えられた気がする。
それが嬉しかった。


  × 

「本当に寒いな……」
思わず両手を擦り合わせる。
手袋を嵌めているにも関わらず、指先に冷気が染み込んでくるようだ。おまけに強めの風と今にも降り出しそうな空模様の所為か、日曜日だというのに、辺りはひっそりとしていた。
おそらく天気予報をまともに聞いていた人間なら、今日は一歩も外に出まいと固く決意していることだろう。
こちらもそうしたいのは山々なのだが、空っぽの冷蔵庫をこれ以上無視する訳にもいかないのだから仕方がない。
外へ出て三歩も進まぬ内に部屋の温もりを恋しく感じ始めながら、睡骨は隣を歩く恋人を見つめる。その横顔はぐるぐると巻き付けたマフラーに埋もれていて、正直かわいらしい。ただ、どうしても無防備になってしまった耳が気掛かりだった。やはり毛糸の帽子でも無理矢理被せておくべきだったろうか。
「寒くないか?」
睡骨が覗き込むと、蛮骨はこちらの顔と手元をちらりと見比べた。返答の代わりか、無言で差し出された右手に、流れのまま左手を伸ばす。すると、想像に反し、こちらの手の甲を覆うような形でぎゅっと強く握りしめられてしまった。
(これはひょっとして……)
もしかしなくとも、気遣ったつもりが、気遣われている。
そう思い当たった瞬間、一拍遅れて耳の辺りがじわじわと熱くなった。
いけない。いや、嬉しいのだが。
これから出掛けるというのにこれは。何というか、その。
そんな心中を天が察してか否か、エレベーターに乗り込むまで誰ともすれ違うことなく済んだので、睡骨はほっと胸を撫でおろした。途端にどちらからともなく空腹を知らせる音が小さく響いて、苦笑する。
帰った翌日のように目覚めたら夜、なんていうことはさすがに無かったものの、朝と呼べる時間はしっかり通りすぎてしまっていた。(実を言うと目が覚めたのはもう少し早かったが、お互い布団の中からなかなか出られず、ずるずると時間が過ぎてしまったのである。)
昨夜のうどんは美味しかったし、何も言わなければ蛮骨がまた同じものを注文しそうな気配があったが、折角ふたりで過ごせるのだ。駅前のショッピングモールで朝食もとい昼食を食べるのも兼ねて、のんびり買い出しに向かうことにしたのである。
「腹減ったな」
「…そうだな」
降下を知らせるランプは、珍しくどこにも引っかからずにスムーズに進んでいく。
やがて駐車場のある地下一階に辿り着こうかという時、蛮骨が握った手を軽く引っ張った。
「…っ?」
うん?と。何気なく恋人の方に頭を傾けた、ほんの一瞬の隙である。
背伸びをしたのだろう。軽く、ごく軽く触れてきたものに気付いた頃にはそれはもう離れてしまっていて、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
思わず外に出るのを忘れて固まってしまった体を導く手に引っ張られながら、睡骨は今度こそ本当に顔中が赤くなるのを感じ、声にならない声を漏らした。目の前で誰も待っていなかったのが不幸中の幸いである。
(……こんなこと、初めてだ)
そういう意味で、三ヶ月も顔を合わせないことに不安が無かったと言えば噓になる。実際のところそんなものはこちらの杞憂だったのだが、彼が内心どう思っているのかまでは分からない。けれど昨晩の行為然り、今朝起きてからの行動のあれこれを思い返すと、やはりこれは気の所為などではなく、そう、とても。
「ほらよ」
気付けば助手席のドアを開けた蛮骨が、何でもない顔で睡骨を促している。
ありがとうと小さな声で呟きながらぎこちなく乗り込むと、彼も運転席に座る。いつもとは逆だ。
この三ヶ月にいつの間にか免許を取っていたらしい恋人は、シートベルトを締めようとして少し怪訝な顔をする。しぶしぶ座席の高さを直す様子に微笑ましい感情を抱きつつ、睡骨はそっと身を乗り出した。
キスをして、ゆっくりもう一度。離れようとしたら蛮骨がねだって来たので、最後にもう一回だけ。
結局、窓ガラスの曇りが取れるまでそれは続いてしまった。まったく、人のことは言えないものである。
車がようやく駐車場を後にした頃、時刻はもうすぐ二時を回ろうとしていた。
このままだとランチタイムも終了している気もするが、その時は以前に食べたパンケーキの店に行っても良いかもしれない。
流れる景色に目をやると、いつの間にか雪がちらつき始めていた。危なげのない運転にすっかり安心した睡骨は、窓に落ちては消えていくそれらを、ただぼんやりと眺め続ける。
幸い風は収まっているけれど、酷く冷えるのには違いがない。とりあえず今夜は鍋にしようと、そう思いながら。
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