覚え書き(1)
原作の大兄貴のえっちだな〜〜と思うところって、大兄貴から漂う人生の目的の無さ、空虚さなんですね。
正直なところ、なんで七人隊の首領になったのかが全然わからなくて。
それこそ一旗揚げて大名になりたいとか、下克上とか、最強の集団を作りたいとかだったらわかりやすいんですけど。でもそうではないですよね。
七人隊は「殺戮を好む残忍な外道集団」であることは疑いないですが、じゃあ大兄貴がそうなのか?と言われると(もちろんある程度はその通りなんですけど)いろいろ疑問が残る。
原作の大兄貴って、あくまで本編を見ている限りでは全然戦闘狂、殺人狂らしくなくて。まず初登場からして(物語のメタ的事情はあれど)蛮竜を取り戻すのが随分遅いですよね。一番最初に甦って一番時間がある筈なのに、集合するまでの間、亡霊らしいことは多分何もしていないんですよ(蛇骨や凶骨のように前から活動していたなら噂になっているはず……)お礼参りの殺し方もめちゃくちゃあっさりでしたし。犬夜叉に出会った時の蛇骨や雑兵を殺して楽しそうな顔をしてる睡骨と比べたらものすごくテンションが低いんですよね。聖島でもさっさとここを出たいと言ってたくらいなので、犬夜叉を相手にしてる時でさえ、大兄貴は基本ずっと感情を「仕事」に振り向けたまま動いている。雇われた側としての義務感がつきまとったままというか。戦いや人殺しを単に趣味として楽しんでる人間にしてはかなり淡泊なんですよね。
アニメの大兄貴は、是非は置いといて七人隊を結成した目的ははっきりしてると思うんですよ。アニメの大兄貴は言動からして「強くなりたい、力が欲しい」人なので。人間では限界があるから、それを超えるために蛮竜も強くしたい。その手段としての千人斬りを達成するために戦に出る。そして、戦に出るなら(仕事を請け負うなら)集団を形成した方が都合が良い。平たく言うとそういう話だと理解してますし、細かいことは脇に置けばそれなりに筋は通っていると思います。
でも原作の大兄貴は当たり前ですけど別に願掛けとかしてないし。あくまで原作の話をするなら、この前提はまず根本的に成り立たないですよね。逆に言えば、アニメではこういうオリジナルの核を混ぜ込まなければ大兄貴という人の主軸を定められなかったということでもあります。
原作の大兄貴は、少なくとも蘇り後のあの段階において「強さ」を求めている人間ではないと思っています。大兄貴はもう「強い」のです。自分の強さへの自負があり、自信がある。四魂の欠片の魅力を理解して自ら手に入れようとしてた弟分(これは煉骨だけでなく凶骨や霧骨も)と違って、大兄貴はそれについて積極的な興味や欲があるようにも見えない。願掛けをする必要が無いからです。
(※蛮竜も雇い主に指示されるまで使おうという発想すら無かったし、弟分の欠片も形見という名目で埋め込んだから結果として強化されただけで強さ欲しさのために埋めこんだ訳ではないと思ってます。大兄貴自身が最後に煉骨に否定してたのは結局その辺なので)
アニメの大兄貴って、おそらく生前討伐されたのは自分が弱かった(強さが足りなかった)からだと思ってるんですよね。だから強くなければどうにもならない人の世がー!!……的な発言になるのかなと思うんですけど。
でも原作の大兄貴は多分そっちじゃなくて、納得するかは別にして「散々利用された挙げ句強すぎて危ねえからって追い詰められて首を刎ねられた」現実の方が色濃く頭に残ってるんじゃないかなと思う。大兄貴は強い。それが「蛮骨」の存在で今までの生き方そのものだから。そういう、強かろうが負けた、どうにもならない現実があったということを知ってるのが原作の大兄貴だと思うんです。もちろん、強くなりたいと貪欲に力を求める時期もきっとあったに違いないんですけど、それは通り過ぎた過去なんだろうと。
「さんざん大名どもに利用されて」という吐露からして、七人隊という雇われ兵集団としての生活は、少なくとも大兄貴にとっては理想通りのものでは無かったのだろうなと思います。たとえ主君を定めなくても、「雇われ兵」である以上、一時的であろうと誰かに縛られるのには違いない訳ですし。誰より支配を嫌ってそうな大兄貴がその枷を負う首領の立場で有り続けるというのは、冷静に見るとけっこう矛盾していると思うんです。そう感じてしまうのは、結局のところ大兄貴の中に何らかの軸が見えないから。強くなりたい!でも良いし、強い奴と戦いたい!でも良いし、人殺し楽しい!でも良い、でもどれも大兄貴の行動にある程度当てはまっているようでいて、ぴったり来るものではないんですね。
犬夜叉と大兄貴は真逆だと思ってるんですが、大兄貴には「命を掛けて守る何か」がどこにも見当たらないんですよね。大兄貴に万が一恋人がいたら七人隊の首領なんてやってないだろうなというのは日頃からめちゃくちゃ思っていますが、犬夜叉にとってのかごめちゃんのような、自分のその力で守りたいと思えるような大切な人の影がない(過去にはいたのかもしれないが、少なくとも今はいない)
弟分は大兄貴にとって「守る」対象でないことは本編の行動からして明らかなので、これも除外(大兄貴が犬夜叉のような「仲間思い」の人間であれば七人隊の崩壊を自ら止めに行く筈ですが、そんな素振りは一切無いので。煉骨の裏切り行為も、大兄貴がそれを予測しなかった筈は無いし、蛇骨が殺されることを止めたい気持ちがあるなら大兄貴が直接監視するのが一番だけど、そういう行動を全く取らない。大兄貴からすれば、弟分が好きに動いた上での死は必然的なもの?なのかなとも思います)
大兄貴自身の口から出た七人隊を表す言葉が「あの人殺しの集団」なのが大好きなんですが、弟分についてはほんとにこれが全てだと思うんですよ。舐めんじゃねえぞって犬夜叉に切った啖呵がこれなんですもん。大兄貴には雇われ兵として戦をして恐れられた実績がいくらでもあろう筈なのに、自分と同等以上の力を持った相手に自慢するのは「七人隊の首領としてあの人殺しの集団を束ねた」という、小規模な身内の話なんですよ。これってある意味最上級の褒め言葉だなあと思いつつ……。逆に言えば、大兄貴には「それしか無かった」のではないかとも思う訳です。
大兄貴は己の力で戦国最強になりたい訳でもなく、純粋に殺戮を楽しむわけでも無く、誰かを守りたい訳でもない。「七人隊の首領であったこと」が多分大兄貴のすべてだった。七人隊の首領で居続けるのは、あの人殺し集団を力で従えること。それ以上でも以下でも無い。煉骨を粛正して「一人」になることになんの躊躇いもなかったのが何よりの証なのかなとも思ったりします。えっちだな。好き。
正直なところ、なんで七人隊の首領になったのかが全然わからなくて。
それこそ一旗揚げて大名になりたいとか、下克上とか、最強の集団を作りたいとかだったらわかりやすいんですけど。でもそうではないですよね。
七人隊は「殺戮を好む残忍な外道集団」であることは疑いないですが、じゃあ大兄貴がそうなのか?と言われると(もちろんある程度はその通りなんですけど)いろいろ疑問が残る。
原作の大兄貴って、あくまで本編を見ている限りでは全然戦闘狂、殺人狂らしくなくて。まず初登場からして(物語のメタ的事情はあれど)蛮竜を取り戻すのが随分遅いですよね。一番最初に甦って一番時間がある筈なのに、集合するまでの間、亡霊らしいことは多分何もしていないんですよ(蛇骨や凶骨のように前から活動していたなら噂になっているはず……)お礼参りの殺し方もめちゃくちゃあっさりでしたし。犬夜叉に出会った時の蛇骨や雑兵を殺して楽しそうな顔をしてる睡骨と比べたらものすごくテンションが低いんですよね。聖島でもさっさとここを出たいと言ってたくらいなので、犬夜叉を相手にしてる時でさえ、大兄貴は基本ずっと感情を「仕事」に振り向けたまま動いている。雇われた側としての義務感がつきまとったままというか。戦いや人殺しを単に趣味として楽しんでる人間にしてはかなり淡泊なんですよね。
アニメの大兄貴は、是非は置いといて七人隊を結成した目的ははっきりしてると思うんですよ。アニメの大兄貴は言動からして「強くなりたい、力が欲しい」人なので。人間では限界があるから、それを超えるために蛮竜も強くしたい。その手段としての千人斬りを達成するために戦に出る。そして、戦に出るなら(仕事を請け負うなら)集団を形成した方が都合が良い。平たく言うとそういう話だと理解してますし、細かいことは脇に置けばそれなりに筋は通っていると思います。
でも原作の大兄貴は当たり前ですけど別に願掛けとかしてないし。あくまで原作の話をするなら、この前提はまず根本的に成り立たないですよね。逆に言えば、アニメではこういうオリジナルの核を混ぜ込まなければ大兄貴という人の主軸を定められなかったということでもあります。
原作の大兄貴は、少なくとも蘇り後のあの段階において「強さ」を求めている人間ではないと思っています。大兄貴はもう「強い」のです。自分の強さへの自負があり、自信がある。四魂の欠片の魅力を理解して自ら手に入れようとしてた弟分(これは煉骨だけでなく凶骨や霧骨も)と違って、大兄貴はそれについて積極的な興味や欲があるようにも見えない。願掛けをする必要が無いからです。
(※蛮竜も雇い主に指示されるまで使おうという発想すら無かったし、弟分の欠片も形見という名目で埋め込んだから結果として強化されただけで強さ欲しさのために埋めこんだ訳ではないと思ってます。大兄貴自身が最後に煉骨に否定してたのは結局その辺なので)
アニメの大兄貴って、おそらく生前討伐されたのは自分が弱かった(強さが足りなかった)からだと思ってるんですよね。だから強くなければどうにもならない人の世がー!!……的な発言になるのかなと思うんですけど。
でも原作の大兄貴は多分そっちじゃなくて、納得するかは別にして「散々利用された挙げ句強すぎて危ねえからって追い詰められて首を刎ねられた」現実の方が色濃く頭に残ってるんじゃないかなと思う。大兄貴は強い。それが「蛮骨」の存在で今までの生き方そのものだから。そういう、強かろうが負けた、どうにもならない現実があったということを知ってるのが原作の大兄貴だと思うんです。もちろん、強くなりたいと貪欲に力を求める時期もきっとあったに違いないんですけど、それは通り過ぎた過去なんだろうと。
「さんざん大名どもに利用されて」という吐露からして、七人隊という雇われ兵集団としての生活は、少なくとも大兄貴にとっては理想通りのものでは無かったのだろうなと思います。たとえ主君を定めなくても、「雇われ兵」である以上、一時的であろうと誰かに縛られるのには違いない訳ですし。誰より支配を嫌ってそうな大兄貴がその枷を負う首領の立場で有り続けるというのは、冷静に見るとけっこう矛盾していると思うんです。そう感じてしまうのは、結局のところ大兄貴の中に何らかの軸が見えないから。強くなりたい!でも良いし、強い奴と戦いたい!でも良いし、人殺し楽しい!でも良い、でもどれも大兄貴の行動にある程度当てはまっているようでいて、ぴったり来るものではないんですね。
犬夜叉と大兄貴は真逆だと思ってるんですが、大兄貴には「命を掛けて守る何か」がどこにも見当たらないんですよね。大兄貴に万が一恋人がいたら七人隊の首領なんてやってないだろうなというのは日頃からめちゃくちゃ思っていますが、犬夜叉にとってのかごめちゃんのような、自分のその力で守りたいと思えるような大切な人の影がない(過去にはいたのかもしれないが、少なくとも今はいない)
弟分は大兄貴にとって「守る」対象でないことは本編の行動からして明らかなので、これも除外(大兄貴が犬夜叉のような「仲間思い」の人間であれば七人隊の崩壊を自ら止めに行く筈ですが、そんな素振りは一切無いので。煉骨の裏切り行為も、大兄貴がそれを予測しなかった筈は無いし、蛇骨が殺されることを止めたい気持ちがあるなら大兄貴が直接監視するのが一番だけど、そういう行動を全く取らない。大兄貴からすれば、弟分が好きに動いた上での死は必然的なもの?なのかなとも思います)
大兄貴自身の口から出た七人隊を表す言葉が「あの人殺しの集団」なのが大好きなんですが、弟分についてはほんとにこれが全てだと思うんですよ。舐めんじゃねえぞって犬夜叉に切った啖呵がこれなんですもん。大兄貴には雇われ兵として戦をして恐れられた実績がいくらでもあろう筈なのに、自分と同等以上の力を持った相手に自慢するのは「七人隊の首領としてあの人殺しの集団を束ねた」という、小規模な身内の話なんですよ。これってある意味最上級の褒め言葉だなあと思いつつ……。逆に言えば、大兄貴には「それしか無かった」のではないかとも思う訳です。
大兄貴は己の力で戦国最強になりたい訳でもなく、純粋に殺戮を楽しむわけでも無く、誰かを守りたい訳でもない。「七人隊の首領であったこと」が多分大兄貴のすべてだった。七人隊の首領で居続けるのは、あの人殺し集団を力で従えること。それ以上でも以下でも無い。煉骨を粛正して「一人」になることになんの躊躇いもなかったのが何よりの証なのかなとも思ったりします。えっちだな。好き。